Ads by Google
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
掃苔家を墓マイラーということ
2009 / 10 / 08 ( Thu )
墓マイラーとは?
2009 / 09 / 24 ( Thu )
日高誠実のこと
2009 / 08 / 14 ( Fri )
8月12日昨年暮れに歿くなった長兄の初盆に帰郷した。本来13日からお盆だが新しい仏さまは一日早く帰って来るそうで16日まで滞在すのは古い人たちとう同様。住職の話だと途中で買いものに出かける?そうでシオムスビを毎日供養するようにとの話であった。
小学6年から村を離れてので村の風習などほとんど知らない上に学校は東京のミッションスクールを卒業、しかも生来のアマのジャクで毎年お盆や正月のしきたりでは頑固な親たちと衝突した。来年、喜寿を迎えようとするこの年齢になってほとんど無知な郷土の歴史でただただ恥入るばかりである。
隣りの幼ななじみが骨董ずきだと聞き古書店の目録を数冊届けた。部屋いっぱいの骨董類のなかで日高誠実の書が一幅かかっていた。誠実は日向高鍋藩士から維新後明治政府に仕えた漢学者で
晩年は千葉県養老川の上流に閑居、梅樹を植え自ら梅瀬と号した。
書をよくし近隣の有志たちに頒布し生活のかてとしたと伝えられる。生家にも床の間にたたみ一畳くらいの軸がかかっていたのではやくから梅瀬誠実の名と「流芳」という大きなニ字は頭にしみこんでいた。誠実の名に再会したのは福岡教育大学の平田宗史博士にお近づきを願ったのちのことである。
わが国の師範学校の創始者アメリカ人スコットの研究を通じてのことであった。先生は旧高鍋藩の出身で誠実の子で教育学者日高眞実の研究で誠実を調査していたのであった。養老川や千葉県立図書館にも出かけたそうである。
旧跡地最寄駅には巨大な記念碑が建立されているそうである。(未見)人との出会いには不思議な
糸で結ばれているようである。先生が歿くなられてから二年が過ぎた。ときどき先生の温顔が想い出される昨今である。
ニーダムを買う
2009 / 06 / 15 ( Mon )
神田でニーダムの著書3冊を買った。いつも行く小宮山のガレージせールを覗いていたらNeedham
「Science nad civilization in China」(台湾の海賊版か)の1巻と2巻それと 「Clerks and Craftmen in china and the West」(Cambridge Univ.Press」の3冊がいずれもパラフィンを被った新本同様で500円也!この頃日本はどうかしている。こともあろうにこの世界的名著が道路端でたたき売りとは!ブックオッフでもときどき堀出しものがあり、この間も井上靖の「西域小説集」の特装本おwやはり新本で手に入れたが買えばいいというものでもないだろうと思う。
今回ニーダムの大著は一体何冊出版されているのか判らないが翻訳で数冊かっての職場の書庫にあった。テンプルの図説もその一冊だと思いこんでいたので世話はない。「来日西洋人名事典」に続き「来韓」「来華」人名事典の編纂中に多少目を通しただけでうんざりしたものだ。英語自体はそんんさ難しいとは思わないがあのvoluminous はどうだ!時間が足りない!目がかすむ!
当分、テンプル先生の図説を読むこととしようか。翻訳で430ページあるが。
わが国でも塙保己一や高見物集らの諸先生がいて思いもつかぬ大きな仕事をされた。近くは
諸橋先生の漢和辞典もある。もちろん、一人で出来る話ではないだろうが励みになる。私は手仕事で「来日西洋人名事典」。「来韓西洋人名事典」に加えて「来華西洋人名事典」を作った。刊行の暁には
アジアにやってきた西蛮人(パスケ・スミスの命名)一覧が完成する。
勿論、日本の近代化に散った「日本洋学者事典」(柏書房)も出した。これが、皆評判が悪く売行が
はかばかしくない。ニーダム先生さえ売れない世の中である。世間がワルイ!!そう思うこととした。