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古い記憶のなかから

 
 この間、テレビを見ていたら北海道の産物を扱う番組で平取のソバを紹介していた。さらに沙流川周辺やアイヌの人の踊りなど珍しい風景などを放映していた。何年前になるか学生のS君とマンロー先生の墓を詣でたことがあった。夏休みのことでもあり函館、札幌、苫小牧と汗をぬぐいながらの小旅行であった。
 青函連絡船の乗船を1台遅らせで見物した青森のねぶたの圧巻を満喫し船中でのシャワーの心地やさは今でも時々思い出すことがある。たしか200円の投入すると10分?か使用できる仕掛けであった。函館の外人墓地訪問が大きな目的であったが札幌に出て北海道大学のクラーク博士ゆかりの記念像や北大図書館の秋月さんを表敬訪問した。市内大通りにはケプロンの立像が誇りたかく建ったいる。近くには牛飼い時代のエドウイン・ダンの記念碑があったしいが準備不足で訪れることをしなっかた。
 札幌市内はお祭り宿が取れず苫小牧まで足をのばし東急ホテルに落ちついた。翌朝、電車(日高本線)で富川まで乗り、さらにバスで一時間?ほど沙流川を平取まで朔った。近いうちにこの川が上流にダムができ今まで伝統の鮭漁も出来なくなるのだと土地の人が嘆いていた。参議院議員となった菅野茂氏の記念館があった。
 北大の附属施設となっているマンロー先生の旧邸を見学し庭の記念碑の写真など撮ったのちご好意で先生の眠る共同墓地までクルマでおくって貰った。白木の簡素な墓碑が千代夫人のそれと並んでたてられていた。かって、軽井沢の外人墓地で帰化後の「満郎」先生の墓参りをしたことがあった。
 帰りにバスの窓からバチェラー記念幼稚園の看板をみかけ次ぎのバス停で途中下車。建物などをカメラに収めたところで急な雨で近くの雑貨屋にとびこみ雨やどりをした。若者たちがゴロゴロ横になっている部屋でウドンを注文したがこれがホテルの料理よりおいしかった。テレビで甲子園の放送をながしていた。
 テレビを見ながらアイヌの青年たちやマンロー先生の屋敷跡でゲートボールの会場となっていた。冬にはアイヌの熊祭りが催される場所にもなると云う。にぎやかな町場に出てアイヌの格好をした記念写真に顔だけ出して撮影し今でもときどき眺めたりする。

  
 
14 : 10 : 25 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(22) | page top↑

多摩地区に眠る来日西洋人たち

 先日、久しぶりに府中のカトリック墓地と多磨(多摩地区のタマとは字が違う。)霊園のいわゆる外人墓地を訪れた。府中駅から小金井行きのバス(1番乗り場)で墓地まで10分もかからないがウッカリすると見落とすときがある。第6小学校を目指し、その手前に十字架の墓碑が車窓から見えてくる。パリ外国宣教会のフロージャック神父がこの地を選んだそうだが当初は東京から不便だとか棺雇用が悪いとか散々な評判だったそうな。今では静かな住宅街にもったいないほどの広さを持つ立派な霊園となった。
 職場が近いこともあり多磨霊園と府中カトリック墓地(両方共に府中市に帰属。)昼休みなど自転車で出かけたものである。当時のカトリック墓地は事務所も簡素な建物であったがパリ外国宣教会の神父たちの墓碑が林立して壮観であった。それに加えてラゲ神父ほかの大きな墓碑が横たわっていた。以前、何年ぶりかで墓参にでかけたところ何度度もかって墓碑のあった辺りを探しても見当たらず
事務所の人にきいたところ合祀されているとのことであった。イエズス会の墓地は以前から一箇所にもとめられてあったが。
 ゼノ神父は富士山の麓の墓地に埋葬されたきたが府中のコンヴェンツアル聖フランシスコ会の墓地に眠っている。「ゼノ死ぬひまない」と戦争孤児たちの面倒を見つづけたゼノさんも修道士でありながら神父を名乗っていると大分非難もされという。1981年来日した母国ポーランド出身のローマ法王ヨハネ・パウロ2世に謁見を許された翌年90才で帰天した。
 カトリック墓地正門を右に折れバス通りをそのまま進めば10分ほどで多磨霊園の24区に通ずる入り口の到着する。そこから拾い霊園を横切り霊園事務所まで行き、休憩所、ドーム形の「みたま堂」の先に外人墓地がある。ライシャーワー駐日大使の令兄ロバート、巨人軍投手スタルヒン、多くの宣教師たち、音楽家と多彩な来日西洋人がっている。
 正門を出て事務所と反対側の道路を挟みインド独立運動提唱者ビハリ・ボースの壮麗な墓がある。
もう一人のチャンドラ・ボースほどの知名度はないが相当な人物であったらしく右翼の大立者の頭山満らの庇護のもとに母国の独立運動をつづけた。この霊園にはゾルゲ事件の本人リヒアル土。ゾルゲや尾崎秀樹らも眠っている。
 掃苔とは死者と生者の対話だと思っている。彼らを理解することなしに掃苔は成り立たたない。埋葬者を手掛りに歴史をさかのぼることができる。
                         
                                              以上
08 : 57 : 52 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

神田徘徊記


 最近、滅多に神田に出かけないが先週土曜日久しぶりにその気になった。鈴蘭通りの東方書店の二階がさしあたりの目当てで読めしない中国語の本探しが楽しみのひとつ。「近代来華外国人名辞典」がいつの間にかボロボロになってしまい再版しないかとしつっこく足あお運ぶのだがそうはいかない。大分前の話だがこの本の編者にクレームをつけたら「年寄りがひとりでやっているので云々・・・」と返事を貰ったことがある。何でも立派な格調高い文章であるとか若い中国留学生が読みになせないとのことであった。来日西洋人たちが日本開国を中国で待機していたヘボンなどアメリカ人宣教師がいた。その記述が不正確であると手紙したのであるが向こうは私が偉い学者だと勘違いしたのではないかと思う。再版が出た際に京都大学に留学していた学生を通じて新版が届けられた。引込みが」つかなくなって来華西洋人名辞典なるものの編纂を手がけて大いに後悔している。
 東方書店では一冊だけ安い本を買った。コーヒーでも飲もうかと喫茶店の並ぶ路地に入ったが目の
前の小宮山書店のガレージ・セールの方に足が向いた。手当たり次第3冊500円が売り物で今までも結構買いこんではいる。結局、COD、岩波の英和辞書(中型本)と桜井の「ドイツ語広文典」を選ん
だ。どの本もまっさら。しかもCODは500部限定総革装で編者Sykeのサイン入り。こうしたものを集める趣味はないが欲しい人は欲しいのではと思う。500部のうち何冊が日本に来て正当に使用もされずこうしてガレーセールで売られる運命に出会うとは!書物の有為転変にも人智を超越するものがある。と妙に考え込んだ神田行であった。
                                               以上

  
16 : 06 : 00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

ふたたびコーエンのこと

 先日、韓国で発刊された英字新聞のついてベセルと共同で「KDN大勧毎日申報道」の編集に当たった
イギリス人ジャーナリストJRコーエンの墓か青山外人墓地にあると記載したがこれは誤ち?であった。
昨日、連日の雨模様が一段落したので青やに出かけてみたが大体墓碑が倒れ剥落もひどくこれは違うと思った。赤坂病院で没くなったことと生没年が似ていたことによる勇み足であった。
 ついでながら青山霊園一般墓地には「Japan Mail].ブリンクリーやAP通信社の記者からわが国における最初の通信社「国際通信社」を設立したJRケネデイが眠る。外人墓地には「Japan Gazette」主筆として半日キャンペーンをはったW・デニングの夫人が眠っている。(夫デニングは仙台北山共同墓地)夫デニングは次第に日本人から敬遠されオーストラリアに去った再度来日し仙台第二高等学校などで英語教師をつとめた。本来、イギリス聖公会の宣教師として日本に来たのだが、いったに帰国したのちには聖公会宣教師をやめ慶応義塾などで英語を教えた。文部省の「お雇い教師」でもあった。
 第二次世界大戦後、初の日本駐在イギリス大使として来日したMEデニングは夫妻の次男で赴任直後青山外人墓地の母親の墓参が話題になった。仙台の父の墓参もしたのだろうが知るところがない。

 




12 : 30 : 08 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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プロフィール

Author:武内 博
武内 博(たけうち ひろし)
1933年千葉県木更津生まれ
青山学院大学英米文学科卒業後、文部省図書館職員養成所に学ぶ
名古屋大学法学部図書室、東京学芸大学附属図書館勤務
この間来日西洋人、外人墓地の調査研究を続け今日にいたる。
 主な著作:
 ガイドブック横浜外人墓地ーー山手の丘に眠る人々
  山桃舎 1985
 日本洋学者人名事典 柏書房 1995
 来日西洋人名事典 増補改訂版 日外アソシエーツ
  1995
 西洋近代の光ーー来日西洋人と日本洋学者群像
  日本古書通信社 2007

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