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ニーダムを買う

 神田でニーダムの著書3冊を買った。いつも行く小宮山のガレージせールを覗いていたらNeedham
「Science nad civilization in China」(台湾の海賊版か)の1巻と2巻それと 「Clerks and Craftmen in china and the West」(Cambridge Univ.Press」の3冊がいずれもパラフィンを被った新本同様で500円也!この頃日本はどうかしている。こともあろうにこの世界的名著が道路端でたたき売りとは!ブックオッフでもときどき堀出しものがあり、この間も井上靖の「西域小説集」の特装本おwやはり新本で手に入れたが買えばいいというものでもないだろうと思う。
 今回ニーダムの大著は一体何冊出版されているのか判らないが翻訳で数冊かっての職場の書庫にあった。テンプルの図説もその一冊だと思いこんでいたので世話はない。「来日西洋人名事典」に続き「来韓」「来華」人名事典の編纂中に多少目を通しただけでうんざりしたものだ。英語自体はそんんさ難しいとは思わないがあのvoluminous はどうだ!時間が足りない!目がかすむ!
当分、テンプル先生の図説を読むこととしようか。翻訳で430ページあるが。
 わが国でも塙保己一や高見物集らの諸先生がいて思いもつかぬ大きな仕事をされた。近くは
諸橋先生の漢和辞典もある。もちろん、一人で出来る話ではないだろうが励みになる。私は手仕事で「来日西洋人名事典」。「来韓西洋人名事典」に加えて「来華西洋人名事典」を作った。刊行の暁には
アジアにやってきた西蛮人(パスケ・スミスの命名)一覧が完成する。
 勿論、日本の近代化に散った「日本洋学者事典」(柏書房)も出した。これが、皆評判が悪く売行が
はかばかしくない。ニーダム先生さえ売れない世の中である。世間がワルイ!!そう思うこととした。
15 : 07 : 46 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(35) | page top↑

ガレージせール寸感

12 : 44 : 28 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

ヴォーリス展を観て

 汐留のパナソニック館で開催中のヴォーリス展を見にでかけた。JR新橋からでも歩いても行ける場所にあった。思ったとおりで展示会の規模はし小さかったし写真中心でもあり先日の「日曜美術館」で
放送したので大体の様子は想定内でもあった。神戸女学院や関西学院の建造物は想像以上にすばらしい。大学時代の恩師佐藤清先生は関西学院で教えていたが京城帝国大学に招かれの初代英文科主任として指導に当たった。弟子の一人に「蕎麦の花咲く頃」の作者李孝石(イヒョソク)がいる。
かって、彼の生まれ故郷を訪れたことがあったが土地柄は蕎麦かジャガイモくらいしか採れそうもなくみえた。1930年京城帝国大学を卒業したとあるから第一期生か第二期生かも知れぬ。先生の旧蔵書は関西大学図書館に収められた。私は先生についてウイリアム・ブレイクを卒業論文として指導して貰った。今、考えても冷や汗の出る学生時代であった。生意気にもコールリッジの「ザナドウへの道」は読むのに難しいですかなどと馬鹿丸出しの質問をしたりした。先生は「いや、やさしいよ」とサリ気なく答えてくれたが一刀のもとに切り捨てられた。
 ところで、ソウルにはヴォーリスが建築設計事務所を設立し名門女子大学の梨花女子大学校など設計したとのこと。わが友新進の陶芸家金徳姫の母校でもある。なかには入らなかったが外からは
拝見したことがある。ヴォーリス設計と知っていれば写真くらいは取ったものをと残念である。
 次いでに記るhしておきたいことがある。土曜日に神田にでかけ例のごとく小宮山のガレージせールを覗いていたら何とニーダムの「中国科学史」の1巻2巻と「Cerks and Craftsmen in China and
west」Cambriridge Univ.Press 1970 が目にとび込んできた。いずれもパラフィンがかかった新本同様
である。扉のページに本郷の大山堂のシールが貼ってあるから東大の関係者が手にいれて売ったものであろう。こうして志しを果たすことなく貴重な蔵書を手放す若き学徒も存在することを肝に銘じて残りすくない持ち時間を大切に使いたいものである。
 しかし、家でパラパラと目を通してみたが前途多難で憂鬱な気持ちとなった。本の命運もあることながら今さらニーダムとは!!そう云えば学芸大時代からの知人である塚原氏はライデンで学位を取得
したのちケンブリッジで晩年のニーダム先生の身の廻りの世話をしたと聞いた。学生時代から語学が堪能で秀才であった。父上も化学史専攻の研究者であった。たしか、著作もあった。
 取り留めもないことを忘れないうちにと書いてみた。
                                             以上
10 : 13 : 31 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

来日外国人建築家たち

 ヴォーリスとヒンデル

 先日、NHK日曜日朝の「日曜美術館」で「メンソレータム」で有名な近江兄弟社の宣教師で建築家でもあったW.M.ヴォーリスの活躍ぶりを放送していた。近く、東京汐留で展示会を開催するとのことでその予告でもあった。
 札幌円山霊園に地元の藤高等女学校を創立したキノルド神父の墓がある。彼を記念した女学校の記念館はヒンデルの設計になる彼のデビュー作品でもあった。とり壊しの話が出て猛烈な反対にもかかわらず2001年に解体された。同じ札幌市内の北星学園の記念館はもと宣教師館でもとの設計はヴォーリスがおこないヒンデルがそのあとを継いで完成した。ヴォーリスはこのほかに北見のピアソン記念館を設計したこおとがその後の調査で判明した。
 二人共にキリスト教関係の学校、教会の設計が多くヴォーリスの作品はよく知られているがヒンデルは知名度が低い。かってのライトの帝国ホテルや三菱三号館など今とはなっては取りかえしが出来ない。長崎出島のオランダ商館は再建されたがどう見ても海に突き出ていたは思えない。一部でも
残っていれば世界遺産間違いないとおもうのだが。
 ヒンデルの作品には東京近辺でも新宿の聖母病院、上智大学一号館、宇都宮松が峰教会などすばらしい建造物が残されている。夢ゆめ取り壊しなどしてはならないと思う。さらに北海道には北大ヒュッテ、 函館のトラピステイヌ修道院などがある。
 文化財保存のかけごえばかりで実際にはお寒いかぎりである。それも人物研究の不足だと小生は
思っている。有名人のものだとくだらないものまで美術館、博物館をたてお祭り一時のお祭り騒ぎで
ガ鳴りたて何時のまにかキエ去ってしまう。日本人の国民性からくるのであろうか。自戒しなければと
思う。チョット血圧が高めで見苦しい話である。
                                    以上
14 : 45 : 48 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(14) | page top↑
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プロフィール

Author:武内 博
武内 博(たけうち ひろし)
1933年千葉県木更津生まれ
青山学院大学英米文学科卒業後、文部省図書館職員養成所に学ぶ
名古屋大学法学部図書室、東京学芸大学附属図書館勤務
この間来日西洋人、外人墓地の調査研究を続け今日にいたる。
 主な著作:
 ガイドブック横浜外人墓地ーー山手の丘に眠る人々
  山桃舎 1985
 日本洋学者人名事典 柏書房 1995
 来日西洋人名事典 増補改訂版 日外アソシエーツ
  1995
 西洋近代の光ーー来日西洋人と日本洋学者群像
  日本古書通信社 2007

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